いずれも”東北東”の方位の中心線上に位置する神社、
一つ目は太田道灌が米本城を攻める時に陣取ったとされる”飯綱神社”、
戦の悲劇を思って一旦は避けた神社なのだが、百聞は一見に如かず、見るだけはと、
朱に塗られた奥の本殿を取り囲む中国故事の彫刻の凄さ、
昔は彩色されていたのだろうか?
これからの保存がちょっと気になる。
もうこの神社に決めてもイイかという気になってしまったが、
二つ目の神社にも行ってみることに、
写真上から、
*田園の脇道を歩いて行くと、
*しめ縄で作られた蛇が飾られていた。
そのスグ上の方に白幡神社の社殿が見えたのだが、一向に丘を昇る道が無い。
完全に一回りしてほぼ振り出しに戻って、道祖神の脇を過ぎて神社に辿り着いた。
*良く手入れのされているこじんまりした神社、ここでも恵方参りの作法で感じるものが、